普段は体の中に入っている直腸ですが、何かしらの原因により肛門から体外に出てきてしまうことがあります。
直腸が体外に完全に出てきたり、一部だけ出てきたりする病気は、直腸脱と呼ばれています。男女関係なく発症し、生活の質が低下する病気です。
この記事では、直腸脱の症状や種類、治療法について解説します。排便について悩んでいる方や直腸脱について知りたい方は、ぜひ参考にしてみてください。
直腸脱の症状は?
直腸は大腸で形成した便の通り道であるため、直腸脱は便に関する以下のような症状が挙げられます。
- 直腸の脱出
- 便漏れ
- 排便障害
- 下腹部の違和感
- 排尿困難
- 残便感
症状は本人の意思に関係なく出現する可能性もあり、生活の質を低下させるでしょう。
自分の目で直接肛門を見る機会はほとんどないため、入浴の際に肛門の周辺を触ったり、下着が汚れていないか確認したりして症状を確認します。
直腸の脱出
直腸脱の代表的な症状は、直腸の脱出です。直腸は、骨盤内の筋肉や靭帯により固定されており、人の意思では自由に動かすことが困難です。
本来であれば、直腸は体外に出ることはありません。直腸の脱出とともに出現する症状が、血が混じった便や下血です。
完全に直腸が脱出しているか、直腸の粘膜のみの脱出かにより、直腸脱の種類は異なります。直腸脱の種類については、後ほど解説します。
便漏れ
便漏れは、直腸脱を発症した方の30〜80%に現れています。通常、排便しない時には肛門括約筋が収縮しており、排便のタイミングをコントロールが可能です。
ですが直腸脱を発症している方は、肛門括約筋の筋力低下している方も多く、排便のタイミングをコントロールすることは困難になります。
大腸は蠕動運動があるため、無意識的に便を形成し排出する臓器です。そのため、便の出口になる直腸に制限がなければ、便漏れにつながるでしょう。
排便障害
直腸脱を発症すると、便秘・肛門の閉塞感のような排便障害がみられます。直腸脱の方の中には、一般的な腸の形状ではなく、折り重なったような形状をしている方もいます。
直腸が折り重なっていることを直腸重積といい、排便が困難になりやすい状態です。直腸重積になると、便秘になりやすいだけでなく、排便時に痛みを感じる方もいます。
排便障害により思うように排便できない方の中には、過度にいきむ必要がある方もいるかもしれません。
過度ないきみは、腹部にある臓器に圧力をかけたり、神経を損傷したりするため日常生活では注意が必要です。
下腹部の違和感
直腸脱では、下腹部の違和感をおぼえる方もいるでしょう。排便時の過度ないきみは、腹部の臓器を支えている骨盤低筋群が慢性的に腹圧をかける状況を作り出します。
そのため、臓器だけでなく排尿や排便に関わる神経への圧力もあり、神経が損傷されます。神経の損傷は排便だけでなく、排尿のトラブルを引き起こすかもしれません。
ほかにも、出産や加齢にともなう骨盤底筋の筋力低下により、骨盤内にある直腸を含めた臓器も下がっている可能性も考えられます。
歩きにくかったり、不快感や異物感を感じたときは、専門のクリニックへの受診を検討しましょう。
排尿困難
いきみ・臓器の形状などが原因で、排尿に関する神経を損傷した場合、排尿困難になる可能性があります。
尿を溜める・排尿する機能は、体内の神経伝達によりコントロールされています。正常であれば、排尿するタイミングは意識してコントロールが可能です。
一方で神経が損傷すると、トイレではない場所で膀胱が収縮するためトイレに行く回数が増えたり、力まないと排尿しづらくなったりします
ほかにも骨盤底筋群の筋力低下が同時にみられれば、大腸や膀胱の位置が下がるため、周囲の臓器が膀胱を圧迫している可能性も否めません。
排尿困難のほかの症状として、膀胱の収縮を指示できなくなったことによる残尿感、排尿のタイミングをコントロールができないことによる尿失禁のような症状が挙げられます。
排尿困難の症状は女性であれば、直腸脱だけでなく、子宮脱が原因の場合もあります。排尿困難を感じたら、直腸脱と同時に、子宮脱の専門の医師への受診も検討しましょう。
残便感
残便感も直腸脱の代表的な症状です。大腸には蠕動運動が備わっていますが、排便する際には直腸へ働きかける肛門括約筋の動きが必要になります。
しかし、直腸脱の場合はいきむ行為をしても、直腸が体外にあるため十分な圧力が加えられません。
そのため、肛門の閉塞感や残便感につながります。手術により直腸脱を治療することで、残便感の改善が可能です。
直腸脱の初期症状について
直腸脱の症状は、発症した方のQOLを低下させることにつながります。日々の生活のためにも、早期発見・治療が必要です。
直腸脱の初期症状は、以下のような症状が挙げられます。
- 肛門痛
- 出血
- 便失禁
- 便秘
- 粘液排出
排泄に関する話しは、羞恥心を抱きやすく、周囲の人への相談や病院への受診がしにくいかもしれません。しかし、自力で治すことは困難なため、早めの治療をおすすめします。
ほかにも直腸脱は加齢にともなう骨盤底筋群の筋力低下で発症しやすい特徴がありますが、高齢者の方は気が付きにくい病気です。
痛みや便秘のような症状に対する対症療法をメインとし、保存的な治療をしている方もいます。
しかし、直腸脱は年齢問わず心理的に悪影響があり、うつ状態を引き起こす可能性があります。
本人の身体的な健康状態にもよりますが、手術も選択肢の1つと考えることがおすすめです。
直腸脱の種類
直腸脱の種類は、完全直腸脱と不顕性直腸脱に分けられます。肛門と癒着している直腸は、脱出する際に直腸の内側と外側がひっくり返った状態です。
ひっくり返った際に直腸の粘膜だけ脱出していることもあれば、直腸自体が脱出していることもあります。
一見判断が難しいように思われますが、見た目でも判別できるため、治療方針を決定しやすい状態です。
同じ直腸脱でも、治療方針は異なるため、どちらの直腸脱か知ることが大切です。では、順番にみていきましょう。
完全直腸脱
完全直腸脱とは、直腸の先端部分が肛門から全て脱出している状態です。完全直腸脱の場合は、同心円状・輪状の溝が見られるのが特徴です。
脱出した腸の長さは通常5〜6センチ以上であり、長い場合は数十センチにもなります。直腸全てが脱出している状態のため、排便時に肛門括約筋の収縮ができません。
原因には、直腸重積・排便習慣・もともとの直腸の構造・出産や加齢にともなう筋力低下などが挙げられます。
不顕性直腸脱
不顕性直腸脱とは、先進部が直腸から肛門内にとどまっている状態です。別名、直腸粘膜脱とも呼ばれています。
不顕性直腸脱の場合は、脱出した腸の長さは3〜4センチ程度で、放射線状に走るようにできる溝が特徴です。正常な方でも、排便時に出現することもあります。
肛門のポリープや内痔核が原因であることが多く、直腸脱の手術後にも生じる可能性があります。
完全直腸脱との相違点としては、肛門括約筋が多少緩むことはありますが、排便時に直腸を収縮できることです。
直腸脱が多くみられる人とは?
直腸脱は男女関係なく発症しますが、年齢や発症率は異なり、3歳未満の子どもと高齢者が発症しやすいことが特徴です。
また、男性よりも女性に発症しやすく、背景としては出産による骨盤を支えている筋肉の脆弱化が挙げられます。
子どもの直腸脱の発症率は男女差はありません。しかし、発症しやすい年齢でみると男性は40歳以下に対して、女性は60〜70歳代ごろと差がみられます。
中高年では、女性は男性の6〜9倍ほど発症しやすいことも判明しています。
発達障害や自閉症などの精神的な病気を持っている方は、年齢が若くても発症していることが多いのも特徴です。
日々の排便習慣が乱れていると、必要以上の怒責による直腸脱にもつながるでしょう。排便に問題がある方は、早めの改善がおすすめです。
直腸脱の治療法
直腸脱の一般的な治療法は手術です。全身麻酔を使用して開腹して行う手術と、局所麻酔をして行う手術に分けられます。
高齢者や基礎疾患がある方には、局所麻酔を使用した手術を選択する場合が多いようです。
全身麻酔が可能であれば、経腹手術か経会陰手術のどちらかを選択します。全身麻酔が不可能な方は、経会陰手術になります。
経会陰手術は、脱出した腸管の長さが5センチ未満か5センチ以上かで治療法が異なるため、専門の医師に確認してもらいましょう。
ほかにも、以下の保存的な治療法があります。
- 塗布療法:脱出した粘膜に腐食剤を塗布した脱落させ、瘢痕による収縮・癒着をはかる
- 注射療法:粘膜の下に5%フェノールアーモンド油を注射して、周囲を支える組織の堅固する
保存的な治療法は、根治的な改善はできないため、根治的な治療を希望する方は手術がおすすめです。
直腸脱の手術方法
直腸脱に対する代表的な手術の方法は、開腹や内視鏡を使用して腹部から行う経腹法と、肛門から器具を挿入して行う経肛門法(会陰式手術)があります。
今回は直腸脱の手術方法を、5つ解説します。
- PPH
- 直腸の縦列縫縮術
- Gant三輪(+Theirsch)法
- Delorme法
- Altemier法
手術は脱出した直腸をもとの状態に戻すことはもちろん、患者さんの訴えている症状を踏まえて、適切な手術を選択します。
高齢の患者さんや全身麻酔に対するリスクが高い患者さんには、経肛門法の適応が多いでしょう。では、順番に見ていきましょう。
PPH
PPHとは、Procedure for Prolapse and Hemorrhoidsの略であり、PPHキットを用いた粘膜環状切除術です。
粘膜を環状切除し、脱出した直腸を吊り上げ固定する術式です。不顕性直腸脱に適応する治療法になります。
PPHの手術は手技の改善で、術後の疼痛や出血の発症率が減少しており、医師の技術力が求められます。
PPHでは、早期退院や早期社会復帰が可能であり、合併症の発症率も低いです。適応となる条件では、優れた治療法と考えられています。
直腸の縦列縫縮術
縦列縫縮術とは、脱出した直腸を縦軸方向に粘膜を縫縮させる会陰式手術です。
直腸の縦列縫縮術は、会陰式手術の1つであり、現在ではほかの術式と併用した治療法が一般的です。
直腸の縦列縫縮術を組み合わせた会陰式手術には、以下の術式が含まれます。
- Gant三輪(+Theirsch)法
- Delorme法
- Altemeier法
会陰式手術による治療法は、開腹して行う手術よりも再発率が高い傾向があります。しかし、手術を行う患者さんの年齢や健康状態が必ずしも一致している訳ではありません。
手術を行う際には、患者さんの希望や状態を正しく判断し、一人ひとりへ適切な治療を行うことがベストといえるでしょう。
Gant三輪(+Theirsch)法
Theirsch法は、肛門管を取り巻くように糸または、ひも状の素材を挿入し肛門管を輪状に縮小させる手術方法です。
しかし、現在ではTheirsch法だけで手術を行うことは稀であり、Gant三輪法と組み合わせて手術を行います。
高齢者や全身麻酔の使用にハイリスクな患者さんでも、局所麻酔による治療が可能です。ほかにも、直腸のみの滑脱している症例がよいとされています。
Gant三輪法とTheirsch法の組み合わせた術式では、再発率は0〜26%とされており、Theirsch法単独よりも少ない傾向が見られています。
Delorme法
Delorme法は低侵襲のため、身体への負荷も少ない経会陰切開術の1つです。体外へと飛び出した直腸の粘膜を剥離し、肛門歯状線と呼ばれる部分に縫い付けます。
全身麻酔だけでなく、局所麻酔による手術も可能です。また、Delorme法は手術後の合併症として感染症や出血がありますが、極めて少ないことも報告されています。
手術後は医療麻薬を使用し、一時的に排便を止めます。その後は排便に関する問題は無くなり、再発リスクも低いことから、安全な手術の方法として認知されている治療法です。
Altemier法
Altemier法は、陰式直腸S状結腸切除術に肛門挙筋形成術を加えた手術を指します。100年以上の間、直腸脱に対する標準的な経会陰手術の1つです。
全身麻酔だけでなく、局所麻酔で手術を行うことができるメリットがあります。以前は、直腸脱の再発リスクが高い傾向がありました。
現在では直腸肛門機能検査が普及に伴い、病気の状態に合わせた手術を選択できるようになり、再発率は低下しています。
Altemier法の死亡率も低く、安全性の高い手術と考えられていることから、高齢者への標準的な手術と認識されています。
まとめ
直腸脱は、肛門括約筋などの周囲の筋肉や組織が緩んだり、本来の臓器の位置とは異なったりします。
そのため、便秘や残便感などの症状が出現しますが、無理やり自分で排便しようといきむとさらに直腸が脱出する可能性があります。
排便のためのいきみ・腹圧をかける行為で、直腸脱の進行にならないようにするためにも、早めの治療が大切です。
また無意識のうちに便が漏れたり、便が排出できなくなったりすることは、QOLの低下につながります。
適切な治療を受け排便の悩みを改善し、日々の生活を楽しめるようにしていきましょう。
参考文献